7-14.難問・珍問進化の痕跡器官2 扁桃

第7章 Let's Q&A.

7-14.難問・珍問進化の痕跡器官2 扁桃

※今回は音声はございません。

あなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。(詩篇139:13-15

 「かつて人類の先祖であった動物が残した痕跡器官である」と不名誉な名前を付けられた扁桃とはどのような臓器でしょうか。
ほんの二~三十年前に、「人に進化した今は、もう不要である」などと考えられたことが信じられないほど特徴のある重要な臓器で、人類の知識は確かに飛躍的に拡大し、かつて分からなかったさまざまなことが解明されてきたことを改めて思います。

 「扁桃? それ何? 扁桃腺なら知っています。喉の奥で時々腫れて痛い目に遭うものでしょう?」と思う人は多いかもしれません。
扁桃とはアーモンドの別名で、アーモンドの種子に似た形をしているのでこの名が付けられました。「腺」組織とは、唾液腺や汗腺のように何かを分泌する臓器のことであって、この組織は何も分泌しないので扁桃というのが正しい名前です。細菌などの侵入に応答してリンパ液がしみ出してくるので、間違って扁桃腺と呼ばれていたのです。
実は喉には扁桃が4種類あるのですが、単に扁桃といえば、喉の奥の両側に丸く二つ並んで見える口蓋(こうがい)扁桃を指します。
内部に多くのリンパ球とそれ以上に多くの細菌の群れを含み、咽頭(いんとう)の粘膜の中で発達した巨大なリンパ節の集合体です。
病気に関係するのはこの口蓋扁桃と鼻の奥中央の咽頭扁桃(別名アデノイド)で、生まれた直後から口に入ってくる細菌を捕らえ、常在菌として扁桃の中に住まわせています。

 こうして、外から侵入しようとする細菌やウイルスを感知し、生体防御のための最前線として侵入を防ぐ働きをすると同時に、これらの抗原を認知し、後天性免疫獲得にも関与していると考えられる免疫組織です。しかし、ひとたび扁桃の生体防御能のバランスが崩れると、感染の反復が起こり得ますし、全身に影響を及ぼす病巣感染を引き起こすので、重大な影響を及ぼします。

 このように、扁桃は体外に接触している特徴のある臓器で、相反する二つの機能、感染と免疫の両方を持つ、生体の中で唯一の特殊な臓器なのです。
生まれてから一年くらい、扁桃は活発に働き、サイズも大きいのですが、それ以後は小さくなっていくのが普通です。しかし、小さい頃から喉の感染症を繰り返していると、扁桃はリンパ組織として免疫応答をして、侵入したウイルスや細菌と戦わなければならないので小さくなりません。
こうして、大きなまま残った扁桃は、様々な疾患の原因となってしまいます。そして、扁桃の中にいる細菌は勢いを増すので免疫では支えきれなくなり、炎症を繰り返します(急性扁桃炎)。
突然の喉の痛みを覚えて発熱し、口を開くと扁桃は真っ赤に充血しひどいときには膿で覆われたりします。痛みのため食事も出来ず、しばしば体も衰弱してしまいます。

 これが慢性化すると同様の症状が年に4~6回も起こり、その度に仕事や学業に支障をきたすようになってしまうこともあります。
溶血性連鎖球菌(溶連菌)・肺炎菌・インフルエンザ菌のような病原菌が産生する毒素が、全身の様々な臓器に障害を与えてしまうことがあります。
これを病巣感染症と言い、腎疾患(糸球体腎炎)、骨関節疾患、リウマチ熱、心疾患(心内膜炎)、皮膚疾患(手のひらや足の裏に左右対称性に生じる水疱や膿疱)など様々な疾患を引き起こし、ときには重篤な病気に陥ることがあります。

 またアデノイドが大きいままだと鼻や耳への空気の流れを妨げ、蓄膿症や中耳炎の原因にもなります。
アデノイドや口蓋扁桃が呼吸の妨げになるほど大きいと、特に就寝中に呼吸障害を起こし、いわゆる「睡眠時無呼吸症候群」を引き起こしてしまうことも今ではよく知られています。

 高いびきはぐっすり眠っている証拠、豪傑の印であるかのごとき笑い話があったのはもう三~四十年も昔のことでしょう。
今は、大きないびきは病気の警告、睡眠中に一定の時間(10秒以上、1時間に数回以上。時には60秒間も)呼吸していない状態が繰り返し起こる睡眠時無呼吸症候群という恐ろしい病気さえ疑われる症状です。
首が短くて肥満タイプの人や、呼吸のリズムを司る部分の脳に障害があるときや、扁桃の肥大も無呼吸症候群の原因になることがあると知ると、無視されていた小さな臓器の存在がクローズアップされることでしょう。
睡眠時無呼吸症候群になると、まずは熟眠感が得られず寝起きがボンヤリしてしまい、日中に急に睡魔に襲われたり仕事や学業の能率が低下したり、さらには仕事中の思わぬトラブルの原因にもなってしまいます。
新幹線で乗務員が睡眠時無呼吸症のために起こった事故により、この病気が広く知られるようになりました。

 睡眠時の呼吸障害は、睡眠中にも肺や心臓に負担がかかり将来的に心筋梗塞や狭心症、ひいては脳梗塞などの危険性が増加してしまいます。また、突然死の一因子とも言われています。

 炎症を起こすだけの不要な臓器だから、手術で取り去っても良いと極めて気軽に考えられたこの扁桃は、外からのウイルスや細菌の侵入を入り口でくい止める働きをしていました。
その一方で、このようにやっかいな臓器でもあったのです。
感染と免疫という二重の逆方向の生理作用があるこの臓器が病気の原因になったとき、急性炎症などは抗生剤などの投与で治りますが、なかなか治癒しない場合、これらの疾患を治療するために病巣を取り去る手術「扁桃摘出術」が近道と思われます。

 ところが、この「扁桃摘出術」は、一般に思われているほど安易に行っても良い治療法ではなく、最近では手術適応(睡眠時無呼吸症候群など重大な症状5群)を厳しく判断する必要性が叫ばれています。
扁桃の手術には術後出血が長引く可能性があると指摘されており、十分な対策が必要であるということです。
手術前の期間も含めると、計十日程の入院が必要だということで、白内障の手術でも1週間はかからないことを考えると、非常に長い入院期間を要する大がかりな手術であると考えなければならないでしょう。

 進化の証拠として下等な動物が残した不要なものだと邪険に扱われ、切り取られていた扁桃が、こんなにも特殊で、人間の免疫機能の中で大きな役割を果たしていることに大きな驚きを感じられたでしょうか。
どの医学書を紐解いても、扁桃が不要だとは一言も書かれていません。このように多彩な特徴を持った臓器として紹介してあるのです。

参考文献:「内科学」上田英雄他総編集(朝倉書店);医学大辞典、伊藤正男他、総編集(医学書院);

日本口腔・咽頭科学会Web Site;長崎県離島医療圏組合対馬いづはら病院(耳鼻咽喉科)WebSite