7-15.難問・珍問進化の痕跡器官3 盲腸
あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました(詩篇 8: 5)。
良くも悪くも多くの情報が社会に浸透するようになって、医学や生物学に縁のない人々でも虫垂炎のことを「モーチョー」と呼ぶ人は徐々に少なくなってきてはいます。
それでも、間違った情報が一度真実であるとして脳に刻み込まれると、それが正されるのは容易なことではありません。この「盲腸、実は虫垂」は、先祖の下等動物に存在した臓器が進化によって萎縮した残り滓・進化の証拠であり、不要なもの、役に立たないものの代名詞として認識されてきました。
しかも時には炎症を起こして右下腹部に存在していることを思い出させ、大きな災いをもたらす臓器として、何重もの間違いと不名誉な名前だけが長期間に亘って人々の脳裡に覚えられてきました。
何故このような混乱が起こったのか、この小さな臓器について人類はどのような体験をしたのか、そして実際はどのようなものであり、どのような役目を果たしているのかについて探ってみましょう。
消化器官は口から始まり、食道を通って胃に、胃から十二指腸に繋がります。それから栄養分を消化・吸収する重要な臓器である長い小腸(空腸から回腸)が、お腹の中に折り畳まれて収納されています。体の右下腹部は図に示しているように、小腸の最後の部分、回腸から回盲弁を経て大腸につながっています。
この大腸の最初の部分が盲腸と呼ばれる部位であり、盲腸から小指くらいの大きさに細く突き出ている部分、つまり栄養分や水分の通り道から脇に逸れている部分が虫垂であり、図で分かるように虫垂はどこにもつながっておらず行き止まりです。

この脇に飛び出した虫垂の炎症は、特に子どもたちの腹痛の主要原因の一つになり、外科手術で治療できることが判明するまでに、人類はその頑迷さにも増幅されて、曲がりくねった茨の道を彷徨いました。十九世紀前半から、右腹部の痛みを「盲腸周囲炎」として医師たちの一部では認識され始めており、またその原因が虫垂にあることさえ本当は示唆されていたのでした。
にもかかわらず、医学界の権威の認めるところとはならず、盲腸周囲炎と考えるか、あるいは全く別の何かと考えるかは別として、とにかく原因不明の難病として扱われ、内科適応の疾患としての治療が延々と続けられました。
そして、驚いたことには薬の定義に当てはまらない強い下剤が処方されて、当然のことながら患者は激しい下痢に見舞われ、また炎症は悪化の一途を辿り、医者の手によって患者を七転八倒の苦しみに追いやっていました。
鎮痛のために阿片が与えられ、炎症は盲腸にまで広がり、化膿して、言うならお腹の中が腐って死に至るという恐ろしい体験を人類は繰り返してきました。
十九世紀後半になっても、致死率の高い不治の「盲腸周囲炎」という認識以上には出ず、病因が虫垂の炎症であると結論されるに至りませんでした。
そうした中で突破口を開いたのは、権威と権力に裏打ちされた「名医たち」ではなく、病理学者、田舎の開業医、そして若い外科医たちでした。盲腸周囲炎の原因が虫垂にあり、これを早期に切除すれば不治の病ではないことを証明しました。
初めて学会発表したときには、「モーチョー」を内科的に治療してきた学界の権威たちを激昂させて、発表を続けられなかったと報告されています。
しかし、手術による成功例を重ねた結果、患者の支持も得られ、その後、虫垂治療学は急速に発展していきました。
こうして盲腸周囲炎は外科的手術が適切な治療法であるという共通認識にやっと立った医学界でしたが、それでも当時は生死をかけた大手術だったので、なお大勢の人々が「モーチョー」で命を落としました。
科学や医学が花開いた二十世紀半ばに至ってもなお、腹膜炎を起こしたり、虫垂が破裂したり、何かの原因で手術を失敗したりで死亡する例も決してまれではありませんでした。
二十一世紀になって、どのような名前で呼ばれているかには関係なく、人々はもはや「モーチョー」をそんなに恐ろしい病気とは認識しなくなりました。
手術も、開腹しないで腹部に小さな穴を三つ開けて内視鏡下で行えるようになって、本当に「たかがモーチョー」という感じさえします。
高度の技術に支えられた手術と抗生物質によって、虫垂炎による死亡率はほとんどゼロ(約0.1%)に近づいているようです。
それでも手術は基本的には全身麻酔を必要とする手術であり、千人に一人は虫垂炎で死亡しているのであって、その稀な一人になった当人にとっては0.1%という数字はどんな意味もなく、まさに100%なのです。
外科手術を受け入れない頑迷な医者集団が、何もしないより一層患者を苦しめる内科的「医療行為」なるものを行った時代から手術万能時代を経由し、そして今は虫垂炎と診断されたときの手術適応の条件が定められて、第一選択肢は必ずしも手術ではなく、質的には全く異なったものですが元の内科的治療に戻ってきたことに隔世の感があります。
昔、「すいかのタネを食べるとモーチョーになる」と言われていました。これはタネや糞石など何かが虫垂に挟まって虫垂内腔が狭くなったり閉塞したりして、それに腸内細菌の感染が重なって炎症を起こすことがあるからです。
しかしながら、虫垂炎が何故起こるのかは、未だによく分かっていません。ただ、炎症を起こしやすい理由は、前項の扁桃と同じで、この組織の存在意義そのものに由来すると考えられるのです。
つまり、扁桃も虫垂もリンパ組織の集合体であり、異物が侵入してきた場合には異物を撃退する活動を非常に活発に行い、その活動の結果として炎症反応が起こっているのです。
故障が起こるまでは穏やかなので存在に気が付かず、炎症によって痛みを受けてはじめてその存在を疎ましく思い、役にも立たないのに災いだけをもたらすと邪険に扱うことになってしまったのでした。
モーチョーと人類との厄介な、長い歴史をざっと眺め、モーチョーとは何かを学びました。次項で、この虫垂が役立たずの痕跡器官かどうかを検証したいと思います。
参考文献:“Human Anatomy & Physiology” by Elaine N. Marieb; 「医師ゼンメルワイスの悲劇 ―今日の医療改革への提言―」南和嘉男著、講談社;「健康あれこれ」、奈良先端科学技術大学院大学WEB2005;J-Medical 医学事典, www.j-medicalnet/sick/ 、LiSA 2002年3月号



