7-2.難問・珍問 900年以上の豊かな人生(1)

第7章 Let's Q&A.

7-2.難問・珍問 900年以上の豊かな人生(1)

アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。セツの一生は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。メトシェラの一生は九百六十九年であった。こうして彼は死んだ。ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。(創世記5:5, 8, 27, 9:29)

 「ノアの洪水以前の人々は、九百年を越える人生を生きたと聖書に書いてあります。
これは生物学的にあり得ないことであり、そんな老齢を示す化石は発掘されていません。
これは実際の年齢の十倍の祝福を受けた豊かな人生であったということが、象徴的に書かれているだけではないのでしょうか?」

 このような質問をしばしば受けますし、「書いてある通りに聖書を読むのは愚かであり、科学的に、生物学的に不可能なことを信じる幼稚な読み方をしてはならない」という教えが多くの教会に浸透しているようです。
このことについて、聖書的に、そして生物学的に、環境要因的にと、様々な側面から検討したいと思います。

 まず、聖書の人々の寿命と、老化の進み方のデータを今一度見て、事実関係を確認したいと思います。
アダムは九百三十年間生きましたが、成人として創造されましたから、約二十年をプラスして寿命を考えるべきでしょう。
そして、エノクの特例とレメクが多少短命(七百七十七年)であったことを除いて、十代目のノアに至るまで全員、九百歳の長寿を祝福されています。
ところが、図に明らかなように、ノアの洪水(星印*)の後、ノアの子供のセムは六百歳で若死にし、その後、人々の寿命は急激に短くなっているのが分かります。洪水の三百年後に生まれたアブラハムの寿命は百七十五年、妻のサラは百二十七年です(創世23:1)。
イサクは百八十歳、その子ヤコブは百四十七歳で死にましたが(創47:28)、二人とも死ぬ前には老いぼれていたことが記録されています。ヨセフはさらに若い百十歳で死にましたが(創50:26)、これは現代の私たちが理解出来る年齢です。

 寿命と密接な関係のある老化はどうであったか、若さの一つの指標である子どもを設けた年齢を見てみましょう。
最初に子供が生まれた年齢も、最後に子どもが出来た年齢も共に不明ですが、後継者を生んだ年齢が聖書に記されています。
表に示したように最高齢はノアの五百歳であり、その祖父も父も百八十歳代で後継者を設けており、しかもその後も息子、娘を生んだと書かれています(創5:26, 30)。
即ち、アダム以後、この時代に至っても、百八十歳、五百歳は現在の年齢で考えるなら、二十歳~三十歳代の青年~壮年に匹敵する若さであったと考えられます。

 余談ですが、子どもの絵本にノアは白髪の老人に描かれていますが、聖書から見る限り、生命力の衰えた老人ではなく、精力のみなぎった働き盛りの壮年というイメージが正しいのではないかと私は思っています。
事実、この後、百年かけて箱船を建造し、厳しい洪水の試練を指導者として乗り切り、そして箱船を出てから、さらに三百五十年生きたのです(創6:14-8:20, 9:28)。
時代が下がり、寿命が短くなると共に老化も進み、アブラハムは百歳、妻サラは九十歳でその子イサクを生んだのは、どこまでも特別な主の介入によるものであったことが書かれています(創17:17, 21:5)。

 百二十年生きたモーセ(申命34:7)以後、人の寿命は更に短くなりました。
ダビデ王は七十一歳で死にましたが「長寿に恵まれ、齢も富も誉れも満ち満ちて死んだ」(Ⅰ歴代29:28)のです。
そして、その子ソロモンは五十八歳で死んでいます。
それ以後、二十世紀になるまで五十年~七十年が人の寿命だと思われた時期が続きました。
聖書にも「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年」(詩篇90:10)と書かれています。
今日、寿命が延びていますが、ノアの時代を思うならそれは微々たるものであり、百歳でさえ極めて長寿なのです。
ですから、この常識に基づいて考えるなら、九百年を越える人生を頭から否定したくなるのも当然かも知れません。

 では、人間に与えられている本来の寿命はどれくらいでしょうか? このことについて、生物学的に考える前に、いのちあるものは不老不死に創造されたことを最初に考えたいと思います。
聖書は創造主の著書であると信じるならば、書かれていることに絶大な尊敬を払って読むべきであることは言うまでもありません。
主に背いて「死」を宣告され、土にまで「呪い」が及ぶまでは(創3:17)、地上に死は無かったのです。
全ての生き物はいのちを喜んで永遠に生きるように創造されたのですが、死が入って老化の過程にスイッチが入り、緩やかに老化が進み始めたと考えられます。

 九百五十年生きたノアや、同時代の同じくらい生きた数多くの人々(洪水で死んでしまっただろう多くの八百年、九百年生きた人々)がどれほど老化していたか知る由もありませんが、今の九十歳~百歳の老人と同程度の老人だったことでしょう。
今の人類の老化の速度では、九百歳どころか百五十歳も持ちこたえられません。
つまり、九百歳の化石がどんなものであるべきだと想像して九百歳の化石云々の議論が出てきたのか判りませんが、九百年生きた人々の老化の速度は、後の世の老化の速度とは全く異なっていたのです。

次回、生物学的側面から人の寿命の問題を考えたいと思います。

参考文献:カール・ウィーランド「創造」vol. 3, No.1、本項「聖書と科学」ノアの洪水:寿命に及ぼした影響