7-20.難問・珍問進化の痕跡器官?胸腺[3]リンパ球の学校

第7章 Let's Q&A.

7-20.難問・珍問進化の痕跡器官?胸腺[3]リンパ球の学校

確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。たとい、耳が、「私は目ではないから、からだに属さない。」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。(Ⅰコリント12:14-18)

 前項の二回において、人の胸腺腫の合併症である重症筋無力症、及び胸腺を持たないヌードマウスの免疫寛容(他種の皮膚片を移植できる)を取り上げて、胸腺の生理的機能について垣間見ました。本稿では、1900年代半ば以降の研究により判明した胸腺の構造・構成成分、及び果たしている重要な生理機能について、簡単にご紹介します。

 胸腺は血管が数多く縦横に走っているリンパ節に似た袋状の臓器ですが、上皮性の細胞からなるメッシュ構造をしており、血管を伴う結合組織が被膜から入り込み、多数の小葉に分かれています。
ここに血液細胞の元になる幹細胞(前駆細胞)が骨髄から移ってきて、急速な分裂と増殖を繰り返します。こうして生じた細胞がリンパ球で、やがてメッシュ構造の中に充満するようになります。
胸腺内の主な細胞は、この(1)リンパ球と、(2)細網細胞とよばれる上皮細胞、及び(3)食細胞、マクロファージと樹状細胞です。
胸腺の中には通常十数億個のリンパ球が存在していますが、分化的にはまだ極めて不均質な細胞集団で、活発な分裂を繰り返しています。

 リンパ球が免疫の主要メンバーであることが理解されるようになって、リンパ球が大量に存在している組織は、免疫機能に必ず関与しているであろうと考えられるようになりました。
さて、このリンパ球は胸腺において増殖・分化し、成熟する過程で自己と非自己を識別する機能を与えられると共に,異物を排除する機構として非自己に対する攻撃機能がプログラムされます。
このようにして成熟したリンパ球は、胸腺(Thymus gland)の頭文字「T」を接頭語として冠せられて「T細胞」という名称で呼ばれる特別なリンパ球になって血液中に入り、脾臓や扁桃、リンパ節など、いわゆる免疫臓器に移って行きます。

 この教育プログラムの過程で,役に立つ見込みのない細胞や、あるいは自己・非自己の識別が出来ず異物ではない自己組織に対しての攻撃という誤動作をする細胞などは死滅し、異物を排除できる正常なT細胞だけを生かす仕組みが働いています。
これらの過程を経て胸腺から送り出されるT細胞は非自己への攻撃性のみを特異的に持ち,自己保護機構の中心的役割を果たすようになります。

 胸腺で行なわれる幹細胞から成熟T細胞に至るまでになされる自己情報の学習と、非自己に特異的に働く攻撃性の習得は、次の3項目に要約できます。
① 幹細胞がT細胞へ成熟する過程における自己情報の学習機能、すなわち、正しい自己情報を学ぶことにより、自己以外を異物であると認識できるようになる機能、
② 非自己に対して攻撃するプログラム機能、
③攻撃プログラムを間違って自己に対して行う誤動作T細胞の排除機能、
です。

 このようにT細胞は免疫機構において最初に働く主役、免疫反応の引き金を引く役割を果たします。
すなわち、胸腺は免疫系の根幹の学習をつかさどる中枢器官、いわばリンパ球の学校として、免疫機能発生の中心として働いているのです。

 正常な細胞を生かし、異常なものを死滅させるバランスが崩れると、異物を排除できない免疫不全や、自己組織を誤って排除する自己免疫疾患などに罹ってしまいます。

 胸腺は加齢と共に萎縮してTリンパ球の分化が徐々に行えなくなるため、免疫機能が弱くなり、また自己抗体が作られ正常な細胞を破壊することもあるため、これが老化の一因となっているとも考えられるのです。
胸腺は重要な各種ホルモンを分泌することも判明しました。サイモシンは胸腺細胞から分泌されるT細胞分化因子で十数種類が確認されています。
また、サイモポエチン(サイロベリン)も胸腺から抽出されるT細胞分化因子の1つであり、他に血清胸腺因子(STF)や、胸腺液体因子(THF)なども分泌されます。

 また、ウイルスや細菌から体を守る免疫システムに必要不可欠である、タンパク質分解酵素の巨大な複合体である胸腺プロテアソームが存在し、異物を排除する「キラーT細胞」(翻訳すると、殺戮者T細胞)が正常に育つように制御しています。
この酵素が働かないようにしたマウスでは、キラーT細胞がほとんど作られなかったという実験結果も報告されています。

 次回は、何故免疫機構が動物にとってそんなに重要なのか、知っているようで意外と知られていない絶妙に制御されている免疫の不思議について、この胸腺由来のT細胞を中心にして、少し学びたいと思います。


参考文献:「人体の構造と機能」エレインN.マリーブ著 林正 健二他訳 医学書院;「Human Anatomy & Physiology」, Elaine N. Marieb, Addison Wesley Longman, Inc.;「胸腺腫と胸腺がん」、東京慈恵会医科大学・外科学、Web Site;「重症筋無力症について」名古屋市立大学第2外科・藤井義敬、Web Site;「胸腺種・胸腺がん」、財団法人国際医学情報センター:がんInfo、Web Site 、「生物学辞典」岩波書店、(1960)、チャート式「新生物ⅠB・Ⅱ」 数研出版