7-3.難問・珍問900年以上の豊かな人生(2)
アダムは全部で九百三十年生きた。こうして彼は死んだ。セツの一生は九百十二年であった。こうして彼は死んだ。メトシェラの一生は九百六十九年であった。こうして彼は死んだ。ノアの一生は九百五十年であった。こうして彼は死んだ。(創世記5:5, 8, 27, 9:29)
多くのクリスチャンが抱く重大な疑問の一つは、「ノアの洪水以前、人々が九百年以上生きたと聖書に書いてあるのは、本当だろうか?」ということです。
この質問について、人間が聖書を勝手に歪めて読むことの間違いを、前の項で指摘しました。
また、人も動物も不老不死に創造されたこと、そして背きの罪を犯して死を宣告された後も、現在想像さえ出来ないほど、老化速度は緩やかであった証拠を聖書から学びました。
この問題を今度は生物学的側面から考えてみましょう。生物分類学は現在複雑ですが、ここで専門的に取り扱うのは本質をずれますので、動物とそれ以外の生物の代表として植物という表現を致します。
さて、生物は現在どれくらいの寿命を与えられているのでしょうか? 世界のあちらこちらで、樹齢三~四千年とも言われている大木が存在しており、このことは、生物は必ず死ぬものという常識を覆し、ある種の樹木の寿命は無限である可能性を示唆している人々がいます。
無限であるかどうかは別として、植物の細胞、組織、そして器官からなる植物体全体が、何千年も生きる生命力を現在も持っているということです。
細胞の生命、そして同様に細胞という単位からなる動物の生命をも、そのような視点から研究し直すための材料を、このような樹木は提供しているのではないでしょうか。
二十世紀末から今世紀にかけて、単に生物学の問題としてのみならず、医学・倫理学・社会学的問題が複雑に絡み合って、死の定義、生の定義、つまり、生命の定義が極めて困難になりました。
生物学や医学の専門家でなくても、人の死について個体死のみに留まらず、様々な段階の死について考えるようになっています。
昨今、大きな話題になっているのは、「脳死」を個体の死と認め臓器移植をすることの是非です。
このことの倫理的・社会的見解はいったん不問にするとして、生物学的・医学的に「脳死」とは何か、植物状態とどう違うのか、正しく脳死判定ができるのか、そして、脳死は本当に個体の死であると生物学的に、医学的に診断できるのか、脳死の問題は生物の死と相互に深い関連があることなどを、各個人が思索し、理解する必要が生じているのです。
生の側面から見ると、生物の最小単位は細胞であり、細胞が集まって組織になり、組織が集まって統一された機能を果たす臓器になります。
赤血球や白血球、或いは卵子、精子は、特別な細胞として単独に存在します。
がん検診などで胃や腸粘膜を少し削り取った細胞集団を組織と言い、そして胃全体、大腸全体を臓器と言います。
これらそれぞれが生きて機能を果たして一体となり、統括された存在として一つの個体になります。
死の側面から見ると、細胞死、組織の死、臓器の死があり、これらは、直ちに連動するものではありませんが密接な関係を持ち、その究極に個体の死があります。
ある種の細胞では、死が遺伝子にプログラムされていて、正常な細胞活動として自殺することが分かっています。
例えばオタマジャクシが変態して蛙になる過程には、尻尾の数多くの細胞がプログラム死を遂げます。
このように成長に繋がる細胞死ですから、この死についてはこの項では一言触れるだけにとどめます。
細胞は絶えず細胞分裂を行い増殖し、生命体を維持します。
細胞分裂のときには、遺伝を司るDNAが複製される必要があります。
細胞分裂は、もとより増殖であり成長でもあるのですが、同時に、DNAは複製を重ねるごとに老化し、定められた回数だけ複製を終了するとその能力を失い、細胞死を迎えると考えられています。
つまり、病気になるとか、傷が付くとかという病理的な現象以外に、細胞には固有の寿命があるということです。
この点について細胞分子レベルでかなり詳細に解明されていますが、細胞が死に、組織が死に、臓器が死に、致命的な臓器、すなわち脳と心臓が死んだとき個体が死にます。
科学、特に生物科学と医学が進んで、死という現象が多面的に、そして細胞レベルさらに分子レベルまで解明されつつあります。
細胞の生命力を中心で握っているものは、今更言う必要もないと思われるかも知れませんが、やはり核であり、核の中にあるDNAと、このDNAと協同作業をする周辺の関連タンパク質なのです。
DNAがいつまでも複製・分裂能力を維持し続けること、これが、若さの秘訣であり、そのような細胞が生き続けることにより、細胞内全体の活性が若く保持され、個体の若さ、生命力に反映するのです。
創造主が「必ず死ぬ」と宣言された内容は、どうやら細胞内の生命に預かる分子、上に述べたタンパク質と協同作業をするDNA・タンパク質複合体に手が施されたものと考えて大きな間違いはないでしょう。
これが老化しなかったら、個々の細胞は老化しなかったはずであり、それは、組織、臓器、そして個体もまた老化しないで九百年の長寿を若々しく生きることが出来たのでしょう。
現在、寿命がかなり長くなってきています。
長寿の人と若死にの人とを比べると、体内代謝機能に大きな差があることが、徐々に明らかになってきています。
主が組み込まれた絶妙な生命体の構造、その反応、代謝機構などをこのような視点から人類が学び、生命現象の解明にいそしむならば、命の長短のメカニズムがさらに解明されるのではないかと期待しています。
現在の人類の寿命は不動のものという固定観念の殻に閉じこもらないで、深く遠い視点を持って研究すれば、長寿のメカニズムを理解する手がかりに、多少は光が差してくるのではないでしょうか?
ストライヤー生化学、第5版(東京化学同人)、エリオット生化学・分子生物学、第2版(東京化学同人)、生化学辞典、第3版(東京化学同人)



