7-5.難問・珍問カインの結婚は近親相姦か?(2)
それで、カインは、主の前から去って、エデンの東、ノデの地に住みついた。さて、カインは、その妻を知った。彼女はみごもり、エノクを産んだ(創世記4:16 , 17)。あなたがたのうち、だれも、自分の肉親の女に近づいて、これを犯してはならない。わたしは主である。あなたの姉妹は、あなたの父の娘でも、母の娘でも、あるいは、家で生まれた女でも、外で生まれた女でも、犯してはならない(レビ記18:6,9)。
カインが弟殺しの大罪を犯すまでには、弟アベルは羊を飼う者となり、カインは土を耕す者として、すでに一人前の大人になっていました(創4:2)。
カインもアベルもその時に独身であり、アベルが子どもを残さずに死んだと考えなければならない根拠はありません。
その時までに、地上にはすでに大勢の人々が住んでいたことは明らかであり、カインが追放される遠いノデの地にまで広がり住むほどに地上に栄えていたのです。
主に追放されたら殺されるとカインは主に訴え、主もそれを憐れんで保護を与えられたことから明らかです(創4:14, 15)。
その人々は当然のこととして、アダムとエバの子どもたち、孫たち、彼らから出た多くの子孫で膨大になったアダムの家族でした。
アダムの子どもたちの最初の結婚は、前項で見た通り、間違いもなく兄弟姉妹間の結婚以外にはあり得ません。
もちろん、息子たちと母エバ、娘たちと父アダムとの間にも子どもが出来る可能性は否定できませんが、敢えて混乱を招くことを考えないことに致します。
最初に結婚したのがカインであったとすれば、相手はアダムとエバの娘、カインの姉か妹です。
カインより先にカインの兄・弟、姉・妹が兄弟姉妹間で結婚していて、その息子や娘たちがいたとしたら、カインはアダムの孫、カインにとって姪と結婚する可能性もあったでしょう。
このように、カインの結婚相手は図に示したように、姉妹でも姪でも数多く可能性があったのであり、相手探しに苦慮する理由は全くありません。
主がお決めになった結婚は、一人の夫と一人の妻、ということだけです(創2:21-24)。
アダムとエバの結婚が、父母のことが述べられているので人間の結婚一般を指し示しているのです。
「(一人の)男はその父母を離れ、(一人の)妻と結び合い、ふたりは一体となる」と英語は単数で書かれており、一人と一人の結びつきを語っています。
その後、罪深い人間の法律は一夫多妻、重婚を認めたりしていますが、神様の意図はどこまでも一人と一人の結びつきであるのです(マタイ19:4-6, エペソ5:31)。
さて、人々は何故カインの結婚相手を見つけることが出来ないのでしょう?
私たちは近親者間の結婚を、「近親相姦」という忌まわしい言葉でしか語れないほどに、汚らしいものという思いが頭に刷り込まれてしまっています。
ですから、考える前に、兄弟姉妹間の結婚などあり得ないと決めつけてしまっているのです。
人類二代目の当初の結婚は兄弟姉妹間でしかあり得なかったとの論理的結論に到達した人でさえ、「近親相姦はやむを得なかった」と悔しい思いをして認めるという立場を取ってしまうのです。
ところが、実はアダムとエバとの結婚は、極め付きの近親結婚であると知れば、どのような反応が返ってくるでしょうか?
エバは文字通りアダムとそっくりで、「骨からの骨、肉からの肉」(創2:23)、性染色体を除いて二人はまさしくうり二つ、同一だったのです。
信仰の父アブラハムとサラとの結婚は、ここで改めて説明する必要のない特別に祝福を受けた結婚であり、この二人の間に祝福の子が生まれた経緯は、聖書に詳細に書かれています。
約束の民の誕生は特別のものであり、子どもを産むための生理的機能を失ってしまって久しい老齢の夫婦に、主の介入により約束の子が授かったのです。
この特別な夫婦が異母兄妹であると聖書はさりげなく伝えているのですが(創20:12)、アブラハムとサラの結婚に関して、「近親相姦はけしからん」という異議申し立てを聞いたことはありません。
これはカインの追放から時代が下がり、約二千年後のことです。
創世記四章に書かれているカインの妻を見つけることができない人々が、二十章のアブラハムとサラの血縁関係に疑問さえ差し挟まないのですから、人間とは面白い生き物です。
初代アダムの時代、兄弟姉妹の結婚は祝福され、二千年後のアブラハムでさえ祝福されたのに、アブラハムからさらに七-八百年後、出エジプトの後に与えられた律法において、主は何故、近親者との結婚を禁じられたのでしょう。
この律法の婚姻の規定は、精神的、霊的な秩序と共に、生物学的秩序も盛り込まれています。
親子間、兄弟姉妹間(母親が異なる場合も含む)、叔父・叔母、甥・姪間の、つまり三親等までの結婚を禁じています(レビ記18:6-18, 20:10-21)。
奇形その他、好ましくない遺伝的な情報が現れる確率が高くなるからだろうと、大抵の人は知っています。
もとより好ましくない情報ばかりではなく、表現型として優れた性質が現れる確率もまた大きくなるので、近親結婚を代々繰り返した芸術家の家系で、天才的芸術家を多く輩出しているのもそのためかも知れません。
人類の遺伝子に決定的に大きな傷が付いたのは、もちろん人類の祖先アダムが創造主に背くという罪を犯したためでした。
不老不死に造られた人類の遺伝子に老化と死が入りました。
遺伝子の傷が量的及び質的にどのような変革を遂げて今に至っているのか、実際のところは分かりません。
寿命で見る限りにおいて、その変化は当初は緩慢であったように思われます。
人々は生まれ、生きて、死にましたが、その祝福された寿命は想像を絶する長寿です。
アダムの九百三十年の生涯に始まり、アダム歴二千年に死んだノアは九百五十年の長寿を祝福されました。人類史二千年間は、九百年以上の人生を与えられていたのです。
しかし、ノアの大洪水後、事態は急変しました。アブラハムは百七十五年、孫のヤコブは百四十七年の生涯でした。
こうして寿命が大幅に短縮されるほど遺伝子の傷は増幅され、肉体的にも霊的にも精神的にも人類を弱くした結果、遂に近親結婚による弊害が表面化してきたので、主はこれを禁じられたのでしょう。
近親結婚など明白な悪であると信じていたことが、人類史の実に三分の一を過ぎるまで、正しいこととして認められていたなどと信じがたいかも知れませんが、これが聖書が語る人類史なのです。
ちなみに、父と娘の間に子どもを設けることについては、アブラハムの時代でも否定的に書かれていることを付け加えておきます(創19:36-38)




