7-19.難問・珍問進化の痕跡器官?胸腺[2]胸腺を切除したマウス

第7章 Let's Q&A.

7-19.難問・珍問進化の痕跡器官?胸腺[2]胸腺を切除したマウス

そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない。」と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。(Ⅰコリント12:21、22)

 胸腺は、進化というゴミ箱の中に投げ込まれ、歴史的にはかなり長い間、進化の痕跡器官とされていました。
しかし、現在は重要な器官であることが医学的・生物学的に明らかになり、やっと一般にもその認識が受け入れられるようになっていることを前項で説明しました。そして、臨床的には胸腺腫の主要な合併症である重症筋無力症についてご紹介しました。

 今回は動物、マウスの例について、胸腺の生理的機能をご紹介したいと思います。
日本語の「ネズミ」は、家ネズミに属する200gから400gの大型のラットと、20gから40gの小型のハツカネズミ・マウスがいます。ペットとしても愛玩される手のひらにのる小さな動物はマウスです。
妊娠期間が約二十日間であることからハツカネズミ・二十日鼠という名前で呼ばれるようになりました。
取り扱いが簡単であり、又ねずみ算式という言葉で知られるように多産で繁殖力が強く、短期間に何世代にも亘って観察可能であることなどから実験動物として純系が開発され、重用されてきました。
純系のマウスとしては、真っ白で目の赤いアルビノ系(図1・マウスの写真)以外にも、野生色のもの、黒色のもの、淡チョコレート色のものなどが知られています。
マウスは、医学・生理学・薬学等の発展に大きく寄与しています。

 動物の中には先天的に異常を持った動物が発見されることがあり、その病態の研究に大きな役割を果たしてきました。
そのような先天的異常の一つとして、「ヌードマウス」と名付けられた遺伝的欠損のある突然変異マウスがいます。
毛が全く生えず、その名の通り全身つるつるのヌードですが、毛が生えないだけではなく,免疫拒絶反応を示しません。
異物を拒絶するという動物に備わっている大切な防御機能、免疫機能の重要な一部をヌードマウスは失っているのです。
何故このようなことが起こっているのか、当初は解りませんでしたが、研究の結果、このヌードマウスが先天的に胸腺を持っていないためであることが判明しました。
免疫細胞の一つ、B細胞(Bone marrow・骨髄で生まれ、T細胞の指令を受けて抗体を産生する細胞)には異常はなく、指令を出す細胞性免疫のほうが働かないために拒絶反応が欠如していることが解ったのです。

 この細胞性免疫の主役であるT細胞は、骨髄でつくられたリンパ球前駆細胞の一部が胸腺に移動し、そこで分化・成熟・増殖することが解りました。
そのことから、thymus・胸腺の頭文字「T」がこの細胞に冠せられて、T細胞と呼ばれるようになったのです。

 こうして、ヌードマウスは移植片に対して拒絶反応を示さないので、異系や異種の臓器や組織、あるいはヒトの癌を移植することが出来て、細胞免疫やがん研究に広く用いられてきています。
特にヒト癌を試験管やシャーレでの培養ではなく、生きた動物内での継代培養によく使用されています。
また、T細胞へ分化する場としての胸腺の機能を知る目的で、ヌードマウスは免疫学の研究にも多く用いられています。

 人工的にマウスの胸腺を切除すると伝染病に罹りやすくなり、またヒツジの赤血球を無胸腺マウスに注射しても抗体はできません。
本来なら赤血球を異物、すなわち抗原として認識し、それに対する抗体ができるはずですが、免疫が機能しないマウスになってしまったのです。

 手術を行って無胸腺マウスを作り、胸腺の欠損と移植片への拒絶反応との関係を証明した実験をご紹介しましょう。
確立された純系のマウスA系統と、別の純系のマウスB系統は免疫的に異質であり、互いに異物と判断するので、相互に拒絶します。

 図の左のA系統のマウスから皮膚切片を切り取り、同じA系統の別の個体に移植します。
同じA系統ですから、免疫的に受容できるので移植片は剥がれ落ちないで、移植先の個体の一部となります(生着します)。
(図2,マウスの実験)

 さて、図の真ん中に描いたように、別の系統であるB系統から皮膚切片を切り取って、A系統に移植します。
A系統のマウスは免疫的にこの皮膚片を異物と判定しますので、免疫機能が働いて拒絶し、やがてこの皮膚片は剥がれ落ちてしまいます。

 ところが、真ん中に小さく描いてある生後2日目のA系統のマウスの胸腺を摘出して、人工的に胸腺を持たないマウスにします。
この無胸腺マウスがおとなになってから、図の右のように、B系統の皮膚切片を移植します。
すると、B系統の皮膚片は何の支障もなく、無胸腺のA系統のマウスに生着します。このことからも、胸腺が細胞性免疫の主役を担っていることが解ります。

 こうした一連の免疫学的・遺伝学的研究により、先天的ヌードマウスの性質が劣性単一遺伝子nu(11番目の染色体)によって発現することが解明されました。
このような、様々な研究、発見の結果、胸腺が欠損しているために胸腺依存の免疫機能不全があるということを疑う人はいなくなりました。

参考文献:「人体の構造と機能」エレインN.マリーブ著 林正 健二他訳 医学書院;「Human Anatomy & Physiology」, Elaine N. Marieb, Addison Wesley Longman, Inc.;「胸腺腫と胸腺がん」、東京慈恵会医科大学・外科学、Web Site;「重症筋無力症について」名古屋市立大学第2外科・藤井義敬、Web Site;「胸腺種・胸腺がん」、財団法人国際医学情報センター:がんInfo、Web Site 、「生物学辞典」岩波書店、(1960)、チャート式「新生物ⅠB・Ⅱ」 数研出版