6-2.人の寿命は120年に定められたのか?

第6章 ノアの洪水

6-2.人の寿命は120年に定められたのか?

そこで、主は、「わたしの霊は、永久には人のうちにとどまらないであろう。それは人が肉にすぎないからだ。それで人の齢は、百二十年にしよう。」と仰せられた(創世記6:3)。

 アダムが130歳で後継者セツを生んだ後、ある人は65歳で、ある人は高齢でそれぞれ後継者を生みましたが(創世記5:3, 15, 25, 28)、後継者を生む前にも後にも、「生めよ、ふえよ」(創世記1:28)と豊かに子孫に恵まれたと思われ、またカインの子孫も増えました(創世記4:17-22)。アダムから十代目ノアまでの平均寿命はエノクを加えても858歳で、人々は非常な長寿を祝福されて人口は増大していきました。しかしながら、その人々は創造主を認めず、「地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾き」「地は、神の前に堕落し、暴虐で満ちて」、ノアの時代には、霊的、道徳的退廃は救いがたい状態になっていました(創世記6:5,11,12)。

 キリスト・イエスが十字架にかけられる二日前、弟子たちは再臨の日や世の終わりの前兆について尋ねました(マタイ24:3)。キリストは、不法がはびこり、民族間や国と国の間に敵対関係が生まれ、互いに裏切り、憎み、殺し合うこと、方々に飢饉と地震が起こり、ひどい苦難があることなど、様々な前兆を上げられました(マタイ24:4-29)。そして、「人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のよう」であり、「洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかった」(マタイ24:37-39)と言われました。キリストはノアの洪水が歴史的に真実であること、洪水前には世界は暴虐に満ち満ちていたことを証言され、そしてこの世界に再び同様の状態が見られたら、再臨の前兆であると預言されたのです。

 暴虐の極に達した時代背景の下に書き始められた6章1節から4節までは非常に難解です。6章3節の前半は、日本語訳6種中5種、英語訳4種中3種まで、「わたしの霊」と翻訳されていますが、この霊とは聖霊のことなのか、或いは創造主が人に吹き込まれた霊のことかは不明です。一方、「そういつまでもこのままにしてはおかない」(現代訳)、「人々を永遠には生かしておかない」(TEV)(注1)と、これら両翻訳では霊という言葉を使っていませんが「人に吹き込まれた霊」と理解されていると考えられます。
 
 3節後半は、「人、彼、彼ら」と翻訳されている言葉の真意、および「齢、一生、年、日数、日々、生きる」などと訳されている言葉の真意については、今も意見が分かれているようです。「人の齢は、百二十年にしよう」(新改訳)、「人の一生は百二十年となった」(新共同訳)の両翻訳では、人類全般の寿命と解釈されています。口語訳「彼の年は百二十年であろう」では、詳細な意味は不明です。カトリックのフランシスコ会訳は「人の日数は百二十年にすぎない」と翻訳し、「百二十年後の洪水によって命を滅ぼす」という預言だと脚注(注2)に書かれています。「あと百二十年待とう」(現代訳)も、洪水預言だと理解している翻訳になっています。英語訳(注3)では、「彼らはあと120年しか生きられない」(TEV)、「悔い改めの期間を120年与える」(Living Bible)は、120年後の裁きの洪水預言だと理解した翻訳になっています。ところがNIV & NKJVは「彼の日数を120年とする」という翻訳でこの点が不明瞭です。NIVでは脚注がついていますが、どの観点に立っているかは明確ではありません。

 詩篇90:10には「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年」とあり、もし創造主が人の寿命を120年に定められたと解釈すると矛盾します。また洪水後の人々の寿命は確かに短くなっていますが120年にはなっておらず、ノアは洪水後350年、950歳まで生き、セムは600歳まで生きました。洪水後生まれた人々も長寿で、ノアから五代目エベルは464年、六代目ペレグは239年、そして十一代目のアブラハムでさえ175年生きました(創世記9:28,29, 11:11, 17, 19, 25:7)。また、ペテロは「ノアの時代に、箱舟が造られていた間、神が忍耐して待っておられた」(Ⅰペテロ3:20) と言っていることもあり、120年間、裁きを猶予しておられたと解釈すると矛盾はありません。ヘンリー・モリス博士はこの特別な預言は、洪水の120年前に当時の最年長者メトシェラを通して与えられたと考えています。この時、ノアは480歳、20年後三人の息子を与えられ、それから時期は不明ですが箱船建造命令を受けて建造に取りかかりました。大勢いたと思われるノア夫婦の兄弟姉妹や、洪水の5年前に死んだノアの父レメク、洪水の年に死んだ祖父メトシェラなどが箱船建造に関わったかどうかは書かれていません。

(注1):"I will not allow people to live forever"【TEV:Todays English Version】

(注2):「一般人類の生命の息は百二十年後の洪水によって断たれるであろうという神の宣告。義人までも罪を犯すようになり、人間は「全く肉」的になった。もはや神に似たものでなくなり、神から与えられた生命を持つにふさわしくなくなった。この解釈はギリシャ語訳、ラテン語訳、シリヤ語訳に一致」

(注3)"his days will be a hundred and twenty years,"【NIV & NKJV】、"they will live no longer than 120 years,"【TEV】、"I will give him 120 years to mend his ways,"【Living Bible】

「創世記の記録」ヘンリー・モリス著、宇佐神正海訳、「創造」Vol. 1, No. 3 (1997)、 「新・科学の説明が聖書に近づいた(地球史編)」久保有政著