6-46.いのちに至る道
主は、ある人たちがおそいと思っているように、その約束のことを遅らせておられるのではありません。かえって、あなたがたに対して忍耐深くあられるのであって、ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。しかし、主の日は、盗人のようにやって来ます。その日には、天は大きな響きをたてて消えうせ、天の万象は焼けてくずれ去り、地と地のいろいろなわざは焼き尽くされます。(第二ペテロ3:9, 10)。
危険が迫って来ているとき、後になって考えてみると意外にも様々な警告、前兆が与えられていることが多いものです。
「後知恵」だと人々は嘲笑するのですが、自分自身のこととなるとやっぱり理解しないのが人間であるようです。
セント・ヘレンズ山の噴火に際しては、様々な前兆が与えられ、多くの人々は噴火に備えて危険から身を避けましたし、だからこそ詳細な観測データが集められたのです。
しかし、こんなにも明らかな前兆が与えられていたのに、それを無視した人がいました。
ハリー・トルーマンは山小屋の番人でした。この火山と親しみ、よく知っていた筈の彼は、常識的には真っ先に山の異変を察知し、人々に警告を発してもおかしくない「山の住人」でした。
しかし、「医者の不養生」を身をもって実践し、火山噴火で死に、一躍不名誉な有名人になりました。
彼はスピリット湖の南岸で、5月18日、自分の山小屋と共に埋まってしまったのです。
ハリーは当局から警告を受けていただけではなく、小屋の壁を揺るがす地震が絶え間なくあり、小屋の戸口に火山灰が降り、窓からは蒸気噴火が見えて、よく知っているはずの自然からも頻繁に警告を受けていたのでした。
しかし、死にたいと思っていたのではなく、「大丈夫」と間違った判断をしてしまって、火山噴火の警告を無視し命を失ってしまったのです。

写真は、2003年6月に私たちクリエーション・リサーチ(CRJ)の一行が訪れた時のものですが、私たちの前にあるモニュメントに火山噴火の犠牲者57名の名前が刻まれています。
そして、死ななくて済んだはずのハリー・トルーマンの名前も刻まれていました。
一番左の筆者の右側にいる長身の男性は、この火山噴火を体験したガイドですが、セント・ヘレンズ山噴火が与えた貴重な証拠を歴史的に正しく評価し、真の意味を語り伝えている人です。
文字で読んだり、説明を聞くよりは、セント・ヘレンズ山を目の前に見て、噴火の残した貴重な遺産を実際に体験することは、主の創造をお腹の底から信じる一助になることと思います。
是非、訪れてみてください。ガイドは何人もいますが、主の創造を信じて語るガイドはこの人ただ一人でしょう。
この人へ連絡をしたい人はCRJ(office@sozoron.org)に問い合わせてください。
筆者は五十歳になるまで、人生の歩みに於いてハリー・トルーマンの道を歩いていました。
彼が受けていた当局の警告に対比できるような警告は受けていなかったものの、地震や火山灰や蒸気噴火に類する主からの警告はあったはずでした。
しかしながら、トルーマンがこれら警告をそのようなものとして理解しなかったように、私もまた主の声に耳を傾けることさえ知らず、気が付くはずもありませんでした。
ハリー・トルーマンと異なったのは、主の信じられない大きな恵みをどういう訳か受けとめて、イエス・キリストを信じる者と変えられたことでした。
断崖絶壁に立ってまさしく谷底に真っ逆様に落ちてしまう寸前であったそれまでの自分の姿が瞼に見えて、今でもよく胸をなで下ろして「危なかった!!」と思うのです。
二十一世紀も定着して新しい世紀として認識されなくなりましたが、昨今の地球の荒れようは目を覆うものがあります。
人々は、自然災害だ、いや人災だと、良い方向への実りに繋がらないままに無意味に論じあって、その対応に苦慮しています。
しかし、クリスチャンならキリスト・イエスの御再臨が近づいていると、多少とも警告として受け止めているでしょう。
「『大丈夫ですよ』と『ハリー・トルーマン流』を決め込んでいると命を失いますよ」と、この警告の本当の意味とその重さを、互いに隣人に伝えていこうではありませんか。
参考文献:Video “Mount St. Helens, Explosive Evidence for Catastrophe” by Steve Austin



