5-4.光よ、あれ

第5章 6日間(144時間)の天地創造

5-4.光よ、あれ

そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第一日。(創世記1:3 -5)

 神が天と地を創造された初めには、暗闇が水の上にありました。かたちも何もなく、一条の光も射さない真の暗闇の中で、「神の霊は水の上を動いて」構成要素に運動とかたちを与え、次いで、神は光を創造なさいました。創造主の「光よ。あれ。」という短い言葉のエネルギーの実質が、光のエネルギーを生み出したのです。まさしく、「初めに、ことばが」あり、「ことばは神で」あったのです(ヨハネ1:1)。光が創造されて、この真っ暗闇を遮ってしまいました。

 神は、ここで、やみを完全には抹殺しないで、ただ「光とやみとを区別された」だけでした。「光を昼と名付け、やみを夜と名付けられた」ことから、人間には大きな錯覚が生まれました。太陽の出ている時間が昼で、光があり、太陽が沈むと夜で、暗いという生活体験のために、不幸なことに「光」とは太陽光のことだという思い込みが、私たちの脳裡に刷り込まれています。そのために、創世記1:3で述べられている光を太陽だと考えている人々は、現在でもかなりあるようです。

 ですが、太陽は第四日目に創造されたと明確に書かれていますから(創1:14-19)、この光を太陽とするのには無理があるように考えます。ここで述べられている昼と夜は、後に創造された「光る物」(1:14-18)に依存するとは見なされていないことを銘記するべきでしょう。そうではなく、光を昼、やみを夜と名付けられたのです。

 では、一日目に書かれている「光」が太陽光でないとしたら、どのようなものだったのでしょうか?
太陽がないのに光が存在することは考えられないとして、この光とはイエス・キリストご自身であるという詩的な解釈もあります。神のことばであるイエス・キリストは、ご自身で証言されたように、確かに「世の光」(ヨハネ8:12)です。創造の初めからイエス・キリストはまことの光として存在しておられ、そして、また、永遠の御国で輝くまことの光なのです(黙示録21:23)。
 創世記1章3節は日本語、英語のどの翻訳を見ても「光、あれ」という翻訳で差はありませんが、その後の言葉は「光ができた。光があった。光が現れた。」と意味が微妙に異なる三通りに翻訳され、創造されたとは書かれていないとして、このような解釈を受け容れる土壌を提供することになったのかもしれません。しかしながら、「光、あれ」という「ことば」がイエス・キリストであり、そのことばで、キリストご自身が出来たり、現れたりするはずはないのです。

 物理学的研究により、光は波の性質と、粒子の性質を兼ね備えたものであると現在考えられており、光そのものの本質が判明しつつあります。創造主は、このようなものとして「光」そのもの、光という実体をお造りになったのです。あれかこれかと間違った思索をめぐらすことはなかったのであって、聖書のことばをその通りに読めば、それで良いのです。そして、他の様々な自然法則と合わせ、光が直進するという物理法則を定められたのでした。

 一方、創造主は地球を球体に造られましたから、地球には光の部分と光の当たらない闇の部分が存在するようになりました。そして、地球は自転するように定められたので、自転一周毎に地上はどの部分も均等に光に照らされ、同様に闇も均等に存在するようになったのです。

 「こうして夕があり、朝があった。第一日」と、設定された一日という時間の定義を、このようにして明確にされました。太陽はまだ造られていませんでしたが、「明るい・光・昼」と「暗い・闇・夜」が一日の中で規則正しくめぐり来る法則が定められ、恐らく、後に太陽を置くことに定められていた位置に光が置かれたのでしょう。

 創造主は第一日目の結果をこの時点で点検して、企画通りに行われたことを確認し、「よし」と判断されました。これは人間の低い基準ではなく、創造主の高い、絶対基準で「よし」と判断されたということです。この後、創造の全過程において、一つの過程が終了する毎に創造主ご自身による点検が行われ、そして「よし」、「よし」と確認を取っておられます。私たち人間が知ることはもとより、想像することさえ詳細においては不可能ですが、創造された宇宙、地球そして人間も含めた地球上のすべての作品が、全知全能の創造主の叡智を尽くした、最高に見事な作品であったということの証言なのです。


「創世記の記録」ヘンリー・モリス著、創造科学研究会(1992)、「創造」vol 3, No.1 (1999)