6-47.蘇った緑と帰ってきた動物
鳩は夕方になって、彼のもとに帰って来た。すると見よ。むしり取ったばかりのオリーブの若葉がそのくちばしにあるではないか。それで、ノアは水が地から引いたのを知った(創世記8:11 )。
セント・ヘレンズ山の壊滅的な噴火の後、生態系は見事な早さで回復しました。自然に備えられた回復力を考えるときに、火山の話以前に、人類史上の汚点にどうしても触れておかなければならないという気がします。
1945年に広島・長崎に原爆が投下されて、二つの都市はまさしく壊滅状態になり、二、三百年間は生物が住める状態にはならないだろうと推測されました。
しかし、その予想は見事に覆されて、凄まじい速さで土地は癒され、意識的に残された爪跡以外は、その地がかって廃墟となったことを物語るものは現在ほとんどありません・・・被爆者、そして子孫にまで遺した深い傷跡を除いては。土地や物的な見かけ上の回復が、余りにも素早く起こったことを人類史として喜ぶべきものかどうか、私たちはしっかり見据えて考える必要があるでしょう。
土地が癒されないまま、いつまでも廃墟として残っていたら、戦争のむごさ・核兵器の恐ろしさを、人類はこんなにもあっさりと忘れはしなかったのではないでしょうか。
さて、セント・ヘレンズ山噴火の話に戻ります。火山学者、地質学者、生物学者など多くの研究者にとって、この噴火は魅力いっぱいの研究課題を提供しました。
研究観察は噴火前後、継続的に行われ、生態系の回復についても詳細に観察記録が報告されました。たった11年後、1991年8月に撮影された現地の写真は、驚異的に樹木が再生したことを示していました。
1980年5月18日の噴火の時、針葉樹の若木は雪の中に埋め込まれていたので、地表を焦土と化した爆風によっては殺されませんでした。
地ねずみは地中にいて爆風を生きのび土を掘り返したので、地中で生き延びた種は表面に出てきて発芽しました。
爆風の吹き荒れた広大な地域で再生が始まりました。
植物や動物は湖で生き残り、生態系は急速に復元しつつあり、斜面でよく生育した青葉は、先駆的植物として定着しつつありました。
鳥と昆虫は爆風地域で繁殖しており、生態系の驚異的な回復力を示しました。針葉樹は1991年までに3メートル以上の高さになりました。
写真は2003年、筆者たち一行が訪れたときのものです。
爆風に大木が根こそぎにされ吹き飛ばされてきた凄まじい爪跡が残っている場所に、草や木が生き生きと復活しているのが分かります。


大鹿、エルクは、森の動物であり、彼らが生息するためには森林環境が必要であると考えられています。
しかし、食料となる植物が成長するとすぐに、数十頭もの大鹿の群れが爆風地域に戻ってきました・・・森林が回復すると考えられる400年も前に、です。
夏の太陽の下で陰が全く得られない爆風地域では、大鹿が体を冷やせないと生物学者は思っていました。
大鹿はそこでどのようにして生きることができたのでしょう?午後の暑い時に、湿った、涼しい地面に大鹿が身を横たえて体を冷やしているのが観察されたのです。
特別に生物学者でなくても、ペットを飼っている人は少し理解が届くかも知れません。
人間に飼われて、肥満犬や肥満猫になるほど野生を失ったペットでさえ、時に応じて命を守るために見事な適応力を示して驚かされることがあります。
大鹿は子どもを一頭ずつ生むのが普通であるのに、通常よりはるかに多くの双子や三つ子を生み続けていると報告されました。
この環境によりある種のホルモンの変化が促進されて、鹿は子孫の再生産をより速く出来るようになっているのです。
鹿の写真も2003年のものですが、探し回らなくても目に付くところで遊んでいるのが見受けられました。
ノアの大洪水の後、鳩がオリーブの葉をくわえて戻ってきたのは278日目でした(「オリーブの若葉」参照)。
大洪水で地球全体が地の底深くまでえぐられて壊滅状態になってさえ、このように再生する強靱さを備えて地球を、そして生命体を創造主がお造りになったことには、ただ驚き、主を賛美するばかりです。
生物学を学ぶ筆者は、学ぶほどにその深遠ないのちの営み、生物の豊かな包容力・復元力に感嘆し続けています。
参考文献:Video “Mount St. Helens, Explosive Evidence for Catastrophe” by Steve Austin



