6-34.いのちの尊さ

第6章 ノアの洪水

6-34.いのちの尊さ

わたしはあなたがたのいのちのためには、あなたがたの血の価を要求する。わたしはどんな獣にでも、それを要求する。また人にも、兄弟である者にも、人のいのちを要求する。人の血を流す者は、人によって、血を流される。神は人を神のかたちにお造りになったから。あなたがたは生めよ。ふえよ。地に群がり、地にふえよ。」(創世記9:5-7)。

 箱船から出てきたノアたち八人に向かって、主は肉食を許可する一方で、血を食べてはならないと血の特別な意味を改めて教えられました。そして、人の血を流したときに下されるべき裁きがここに記されました。
銘記すべきことは、この命令が下されたのは箱船から出た直後のことで、ノア夫婦と三人の息子とその妻たち、文字通り家族八人しかいませんでしたのに、人を殺したときの罰を定められたことです。神のかたちに造られた人の血を流した場合、代償として血を要求されたのです。

 殺人は、カインの弟殺し(創世記4:8)に始まり、カインから六代目のレメクは妻を二人持ち、憎しみによる復讐を行う暴虐の人でした(4:23-24)。
大洪水の裁きがあった時点での地上は人の罪が満ち満ちて、したい放題に悪事を行い筆舌に尽くせぬ状態に荒れ狂っていました。
洪水前には世界は父親の族長的権威で治められており、公的に統率する権威は確立されておらず、まさに無政府状態になっていました(創世記6:1-6、「堕落の中身」「繁栄する悪人」「心を痛められた主」を参照)。

 大洪水によってすべてが拭い去られ、地上だけではなく内部までひっくり返った状態の地球で、滅ぼされず救いを与えられた八人の人と、箱船の中で又は水の中で生き延びた動物たちと共に新しい地球の歴史が始まりました。
主は人を創造なさった直後に、生き物を含めて地球全体の管理・監督を人に委ねられました。そして、洪水による大破壊後の再生地球の始まりに当たり、地球を治める任務を改めて人に与えられました。
その重要な任務を遂行するために、血の代償は血であるという法律を与え、それを護り行う権威と責任を人に委託されました。人の中に埋め込まれた神のかたちが罪によって損なわれはしましたが、神の聖さと正義とが人の根底にしっかりと留まっていることが再確認されたのでした。

 人のいのちの神秘・尊さ・地上での権威を明確にされると共に、神のかたちを反映する大切な存在であるからこそ、人のいのちを絶つ行為に対する正しい法的制裁として死刑を承認なさったのでした。つまり死刑承認は、人のいのちの尊さ・重要性を表明したものと言えるのです。後年、出エジプトの後に、血に対しては血による償いが必要であると改めて定められています(出21:12, 23, 28)。

 ここに定められた死刑の制裁は、個人的復讐とは全く別のものであり、殺人者に対する神の裁きを公的に執り行う司法制度として制定されたのです。近年、諸国において死刑廃止論が盛んになり、その論理的根拠として聖書が様々に引用されていますが、しばしば間違った引用がされています。
「殺してはならない」(出エジプト20:13)というモーセの十戒は、個人的殺人だけに適用されるのは明白であり、法的処刑とは関係なく、死刑廃止の根拠にはなりません。
実はモーセの律法自体は、殺人に対してだけではなく十戒のどの一つを破っても刑罰は死刑であり、神様の命令の重さは絶大なのです(ヘブル10:28)。
死刑の是非・賛否をここで論じる積もりはありませんが、聖書を引用して物事を考えるときには、内容を正しく理解して、正しく引用するように心懸けなければなりません。

 ノアの大洪水の史実は、しばしば子どもたちの楽しい聖書物語の枠に閉じこめてしまいますが、地球史・人類史におけるノアの洪水の重要性は強調しすぎることはないと考えます。
地球は創造された完璧な姿とは比べることの出来ない不安定な天体になり、上空のオゾン層に穴が開き、大きくなって有害な宇宙線が地上に降り注ぎ、一方地上では火山噴火、地震、津波、台風などが繰り返し起こり大きな被害をもたらしてきました。
地球全体の地層にもノアの大洪水の爪痕が記され(「完璧な地球の壊滅」「荒涼たる地球」を参照)、この洪水で死滅した人や動物・植物が埋もれ、化石として現代にその足跡を残しています。
この荒れ果てた地球に人が住めるように主が最善を尽くして環境を整えてくださって、聖書に書いてある通りに人類史は八人から再出発しました(創世記9:19)。洪水以後に生を受けた人類は一人残らず、この八人の子孫であることをしっかりと脳裏に刻むことは、非常に重要な意味を持っているのです。

 そして主は、「生めよ。ふえよ。地に群がり、地にふえよ」と命令を繰り返されました。およそ四千五百年前に八人から始まった人類は、現在ほぼ六十億人に増加しました。この数は一家族平均2.5人の子どもになり、一年につき0.5%の増加率になるとヘンリー・モリス氏は計算しています(「創世記の記録」宇佐神正海訳)。大洪水の後も、主はこのように地球を整え、人々を護り、祝福していてくださるのです。