6-20.ギルガメシュ叙事詩

第6章 ノアの洪水

6-20.ギルガメシュ叙事詩

あなたは、深い水を衣のようにして、地をおおわれました。水は、山々の上にとどまっていました。水は、あなたに叱られて逃げ、あなたの雷の声で急ぎ去りました。山は上がり、谷は沈みました。あなたが定めたその場所へと。あなたは境を定め、水がそれを越えないようにされました。水が再び地をおおうことのないようにされました。(詩篇104:6-9)

 十九世紀半ばに、荒廃したニネベの町から大図書館が発見され、その中に粘土板に書かれたギルガメシュの叙事詩がありました。このギルガメシュの洪水に関して、考古学者フランク・ローリー氏が書かれた小論文(日本語訳)が創造科学研究会季刊誌「創造」1, No3 (1997)に掲載されています。それを短くここにまとめてご紹介します。

 ニネベで発見された叙事詩は、洪水の記事以外は、異邦人に典型的な、多神教神話が書かれており、聖書を与えられたヘブル人の記録とは立っている土台が異なっていました。
この叙事詩は、シュメール人によって発明されたくさび形文字で粘土板に記されていました。それ以外に、バビロニア語とアッシリア語の方言で書かれた粘土板にも、洪水の記事が出てきています。言語学の専門家は、それら発見された粘土板の記事も考慮して、紀元前二千年以上前に、それよりもさらに古い題材を元にして作られた物語だと考えています。

 ギルガメシュ叙事詩の物語を創世記のノアの洪水と比較した表を見ながら、物語を辿りたいと思います。主人公は、ウルク王国を百二十六年間統治し、実在したと思われているシュメール人の王、ギルガメシュです。
王は知恵と知識に富んだ人で、数多くの自分の功績を粘土板に書き記しました。王が圧政を敷いたので、民衆はギルガメシュの強敵を作って欲しいと神々に頼みました。ギルガメシュはこの強敵と戦いましたが、その後、非常に仲良くなりました。
二人は有名になろうと手を携えて危険な冒険の旅に出た結果、この親友は殺されてしまいました。そのためにギルガメシュは死を恐れるようになり、不死を探す旅に出かけ、ノアとよく似た人物ウトナピシュティムに出会います。
人の罪に対する裁きとして洪水が起こったことは、ノアの洪水と同じです。ノアは『休息・慰め』という意味であるのに対し、ウトナピシュティムは『命の発見者』という意味です。
彼は「船を造れ。富を捨て、命を救え。」と言われ、その命令通りの船を造りました。船頭と職人を数名雇い、動物と共に船に乗りました。そして、世界を覆う洪水ですべての生き物が死に絶えた後、ノアの箱船が漂着したアララテ山から五百キロ弱しか離れていない地域の中東の山、ニジル山に漂着しました。
ノアは、アダムが受けた祝福を改めて受けて家族・子孫の繁栄を約束され、また地上の生物の管理をするようにと命令を受けましたが、ウトナピシュティムは永遠の命を授かりました。

 これら二つの洪水記事が深い関連があるのは明らかでした。最も古いギルガメシュ叙事詩が書かれている粘土板の破片の年代は、創世記が最初に書かれた年代よりも古いと考えられました。
そのために聖書の記事はシュメール人の記事を拝借したという説もありますが、それを支持する証拠はありません。どちらも一つの出来事に由来しているでしょうが、ギルガメシュ叙事詩は神話であると一般に考えられています。
創世記の記事は歴史上の出来事としてヘブル人たちによって伝えられ、キリストを通して霊的アブラハムの子孫にそのように伝えられてきました。創世記の記録は、他の民族の伝説などと混ざることなく、創造主の摂理によって正確に保持されて何世紀にも渡って受け継がれ、最後にモーセの手にすべての資料が整い、編集され書き留められたのです。
したがって、ギルガメシュ叙事詩は、ヘブル人が崇める創造主に従わなかった人々によって脚色され変えられ、そして伝えられたノアの洪水の記録であると、ローリー論文は締めくくっています。